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● 初案内 (中間省略編) その4 ●第30話
応接室に戻ると、吉田夫妻はとても緊張した感じです。
私 「吉田さん、まずこれに署名していただけますか?」
と、『買付証明書』をテーブルに差し出しました。
吉田 「え?・・まだお話も何もしてませんし・・・」
と、少し怯えた感じで言いました。
私 「はい、わかってます。お話はもちろんさせていただきます」
「でも、さっきの物件確認したら、他所の店舗なんですが
吉田さんの後に内見されたお客様が気に入っておられるみたです」
「だから、交渉優先順位を先に取る為にこの『買付証明書』を署名
してほしいのです。」
吉田 「えぇ・・でも・・・・」
私 「はい、わかってます。」
「それに、これは契約書ではないので、ご安心ください。
あくまでも交渉順位の優先権を取るためです」
吉田 「で・・でも・・しかし・・」
と、なかなか煮え切らないようです。
私はソファーから立ち上がり、こういいました。
私 「わかりました。じゃあ、今日はこれでお帰りください」
吉田 「え・・・まだ物件のお話してませんが・・」
私 「いえ、もう話す必要がないのですよ」
「話してるうちにあちらのお客様が優先権獲得するの目に見えて
ますしね」
吉田 「・・・・・・・」
と、淡々と言いました。
吉田さんは無言のままです。
そして再び私はソファーに座り、静かな感じでゆっくりと会話を続けました。
私 「吉田さん・・今までかれこれ少なくとも10件は物件見てるでしょ?」
すると、吉田さんは驚いた表情で
吉田 「ど・・どうして・・わかるのですか?」
私 「だって、先の物件までいく道中車内で、何件か家を目で追ってたでしょ?」
「吉田さんが目で追ってた家は過去売りに出されてた物件なんですよ」
吉田 「・・・・!そ・・そのとおりです・・」
私 「で、その時も気に入った物件もあったが、不安感が先に立ち、
結論が出来なかった」
「ですね?」
吉田 「はい・・そのとおりです」
私 「で、今回も結論を出すことにとても不安感が押し寄せてる。」
「ですね?」
吉田 「・・・そのとおりです」
そして、私は吉田さんの目を凝視しながら続けました。
私 「じゃあ、その不安感ってなんでしょう?」
「私が変わりに答えます」
「まず第一に金額的にも大きな買い物。まして人生に一度あるか無いかの
買い物なので、簡単に決めて後悔しないだろうか・・という不安」
「第二に不動産を購入するにあたって、大きな金額を借金しなければ
ならないと言う不安」
「第三に我々不動産屋に言いくるめられてるのではないだろうか?
と、疑心による不安」
「ですね?」
吉田 「・・・・・・・はぃ・・」
私 「吉田さん・・・その気持ち、よ〜〜く解りますよ!」
「なぜなら、私も1年前に家を買ったのですよ(笑)」
「この業界に居ながら、その当時は吉田さんとまったく同じ心境でした」
「だから、よくわかるんですよ、吉田さんの気持ち」
この時吉田さんの表情が一変しました。
不安な表情から、何かを発見したような表情になっています。
私 「私さっき3ッの不安要素を言いましたよね?」
「でも、それに対する説明はあえてしません。」
「今の吉田さんの心境では、なに聞いても営業トークにしか聞こえない
でしょうから」
吉田 「・・・・」
私 「でも、これだけは言わせてください」
「とてもご不安な気持ち・・僕はよ〜くわかります。」
「でも・・・・」
「僕が吉田さんの担当者なのです。」
この言葉を聞いた吉田さんは、一瞬ぼーっとしたのち、
意を決したように無言で買付証明書に署名しました。
つづく